日本の美意識に大きな影響を与えてきた雪。さまざまな異称が存在するのは、その裏付けに他ならない。
「六辺香（ろくへんこう）」
結晶のシルエットを思わせる、六角形の花という意味を持つ呼び名もその一つ。
部屋には雪見障子を逆さにしたような、細長い掛け障子。山の端が覗くそれは、移ろいゆく季節の一瞬を切り取った自然の掛け軸。
寝室をやさしく包むのは、天から降り積もる六辺香の微笑みかもしれない。

満ち欠けを繰り返し、神秘的な美しさを湛える月。月齢に合わせた呼び名が、さらなる美しさを呼び覚ます。
「弦月（げんげつ／ゆみはり）」
輝いている部分を弓とそれに張った弦になぞらえた名前もその一つ。
山側に位置する部屋では、夕刻が近くなると木洩れ陽が室内に濃淡の影をつくる。
触れられはしないけれど確かにそこにある美しさを感じ、ふと天を仰いだ。
半分だけ浮かびあがる月の姿を眺めながら、もう半分の見えない美しさを想う。

客室全面に設えたガラス窓からは、港町らしい景色を一望。和室、寝室、浴室、どこに居ても海を身近に感じられるはず。
近くに舟屋の面影を残す光景、遠くに臼が浦島の稜線。海へとせり出した防波堤の先に、ちょこんと見える赤灯台。
釣り人を乗せた白い船が時折、のんびりと横切っていく様子に目を遊ばせる。
刻一刻と表情を変える海の色。日が傾くと、明るい水色から、周囲の山々を溶かしたような深い緑色へ。
春の訪れをいち早く伝えた梅の花のように、夜の始まりを一足早く教えてくれたのは、
寝室の天井に静かにほころぶ五弁の白梅一輪。お待ちかねの夕食まで、あと少し。