638円(税込)
危機にある男たちを受け入れ、励ます女たち。若者を性の暴力にむけて挑発しながら、いったん犯罪がおこると、優しい受苦の死をとげて相手をかばう娘。かれらをおおう「雨の木(レイン・ツリー)」のイメージは、荒涼たる人間世界への再生の合図である……。宇宙の木でもあれば、現実の木でもある「雨の木(レイン・ツリー)」のイメージにかさねて、人の生き死にを見つめた、著者会心の連作小説集。読売文学賞受賞作。
まだレビューがありません。 レビューを書く
玉石混淆
この小説に似つかはしくないひと。
1.エンターテインメントを読みたいひと。
2.悩んでゐないひと。
3.長文の構文に慣れないひと。
4.大江健三郎に興味がないひと。
5.性描写が苦手なひと。
すくなくとも万人向けではない。スランプ期のもので、うじうじ悩んでる。文章も描写も自分語りも長く、冗長ではある。後期の小説のやうに、距離を置いてさっぱりしたところもない。
読み通したわりには骨折損と感じるひとが多いか、あるいはすぐ投げ出すか。
このなかでおもしろいと感じるのは「「雨の木」の首吊り男」と「泳ぐ男―水の中の「雨の木」」。高安カッチャンとペニーは私にとってはどうでもいい印象。
大庭みな子や富岡多恵子、柴崎友香など女性作家がこれをほめたのは謎だ。(ただし、解説の津島佑子はあまり多くを語ってゐないので、察するところがある。)
「頭のいい「雨の木」」
この連作短篇集の中では、もっとも文体構文が晦渋。形容句がどこに係るか、きちんと見きはめないといけない。ハワイの会議で来た施設が、じつは精神病患者の叛乱にあってゐたといふ筋。だからなんだといふ気がする。
「「雨の木」を聴く女たち」
アル中の高安カッチャンとペニーの関係を、アル中の『活火山の下で』のマルカム・ラウリーとその妻になぞらへる。
実際に死んだ中央公論社の編集者の塙の葬儀を、TV局の斎木犀吉。その妻を国際作家のファムファタル。と落しこんで私小説っぽい。ここの国際作家がどうも川端康成か、ガルシア・マルケスのことらしい(小谷野敦)。
そして、現実にこの短篇を読んだ塙の実の妻に絶交される。(「筒井康隆全集 24」大江健三郎の解説)
読めばわかるけど、大江はどうやらアル中で、だからラウリーに惹かれたらしい。しかし『活火山の下で』自体、大江以上に難解である。
「「雨の木」の首吊り男」
メキシコが舞台で、ユーモアがある。
この作品集のなかで、まづ、これがおもしろく読めた。むろん長いが、雰囲気としてもメキシコの幻惑的なものがあるし、大学エル・コレヒオ・デ・メヒコの同僚といふ人物のキャラクターは好きだ。
最後の言葉もいい。
「さかさまに立つ「雨の木」」
「頭のいい「雨の木」」同様、ハワイのシンポジウムの描写が退屈で長い。没後、朝日新聞記者の記事に、大江が自身の作品のなかでこの短篇がいちばん晦渋だといってゐた。(https://www.asahi.com/articles/ASR3N4TZ6R3JUCVL03S.html)当人もさうおもってゐたんだ。と思った。
やはり大江がスランプだったことの證左だ。
ストーリー。かの高安カッチャンのペニーから手紙が届く。「「雨の木」を聴く女たち」で高安カッチャン矮小に描写したを僕を非難する内容。
そして、日系アメリカ人の宮沢さん。核の話をハワイでしてほしいので、シンポジウム後、僕を迎へにくるといふ。
当日のシンポジウムの描写につづき、シンポジウムでペニーに再開する。カッチャンの息子が父親の草稿に感銘を受けて、バンドを組んでLPを出した。バンド名は「地獄機械」。このLPジャケットのイメージがラウリーのさかさまに立つ樹木だった。
終って、ホテルで待つが宮沢さんは来ない。ラジオを聞くとカルメ焼きの話題。(この部分はちょっと面白い。)
翌朝水泳に出て、悪い夢を見た怒りにまかせて泳ぎつづける。その僕をペニーはとらへてゐて、
――やはりプロフェッサーだった。と声をかける。
――これから、「雨の木」のある施設に行ってみようか?
――「雨の木」? しかし私たちは死んだ人のことより、生きている人間のことをしよう。
LPを聞くためにアパートに誘ふ。
そこで、僕とペニーはセックスし、終って、ペニーはかういふ。
――私と高安の性交は、この一、二年高安が衰弱してきた後も、数は少なかったが、そのたびにうまくいった。それは良い性交(グッド・ファック)でした。(…)プロフェッサー、死んだ人のことより生きている人のことを、といったけれども、やはり死んだ人のことに戻ってしまったね。
こんな女性像は妙にエロティックで、しかし実在はしないだらう。
「泳ぐ男―水の中の「雨の木」」
市川沙央がこれを読んで衝撃を受けた。――破廉恥。といってゐた(YouTubeの世田谷文学館より)。たしかに性的体験の暴露があり、グロテスクなほどだ。村上春樹めいた、いやそれ以上だ。
これは『静かな生活』の最終話にも少し出てきた内容で、プールの乾燥室をめぐるOLと水泳青年と主人公・僕の関係を描く。
もし大江がミソジニーなら、これがさうかもしれない。しかし、私はストーリーを楽しむといふ点ではありだ。
お得意のノンフィクション風フィクション。
人外の想像力を感じさせる、個人的大江文学全盛期の傑作。
高安カッチャンを筆頭とした登場人物と描かれるオーケンの分身のやり取りがとにかく滑稽で面白い。
その滑稽さと、作者が心のうちに秘めている“雨の木”へのひたむきで純粋な想いのコントラストに胸を打たれる。
頭のいい「雨の木」
「雨の木」を聴く女たち
「雨の木」の首吊り男
さかさまに立つ「雨の木」
泳ぐ男―水のなかの「雨の木」
第34回読売文学賞
著者:大江健三郎(1935-、愛媛県内子町、小説家)
解説:津島佑子(1947-、三鷹市、小説家)
ランキング情報がありません。
ランキング情報がありません。
電子書籍のお得なキャンペーンを期間限定で開催中。お見逃しなく!
※1時間ごとに更新
知念実希人
99円(税込)
早見和真
1,683円(税込)
阿部暁子
1,870円(税込)
鈴木俊貴
1,683円(税込)
イスラーフィール
1,320円(税込)