両親の許をはなれて、血のつながらない祖母と送った伊豆湯ケ島での幼年時代ーー茫漠とした薄明の過去のなかから鮮やかに浮び上がるなつかしい思い出の数々を愛惜の念をこめて綴った「幼き日のこと」。ほかに、沼津から金沢・京都と移り住んだ学生時代を“文学放浪”の視点から描いた「青春放浪」、影響を受けた人物・書物・風土などを自由な感懐を交えつつ回顧した「私の自己形成史」。
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「幼き日のこと」は自伝的小説「しろばんば」と対をなすかのうようなエッセイである。事実をもとにしたフィクションがいくつか小説に散りばめられていることがわかり面白い。「青春放浪」も自伝的小説「夏草冬濤」と「北の海」の基になった日々を語っている。著者が幼少期に暮らす年月の少なかった父母との思い出を、その場面毎の絵画として記憶していることが印象的である。
井上靖の作品で、中学生か高校生の時に読んだものは『額田女王』と『黒い蝶』。それ以来読んでいなかった。歴史的作品を多く書く、品の良い作家というイメージだった。先日、『しろばんば』を読み、イメージが少し変わり、親近感が増して、『しろばんば』の世界をもっと知りたくなって手に取った。
湯ヶ島での、おかのお婆さんとの暮らしについて書いているところが、やはり一番面白かった。エッセイなので、『しろばんば』のようにその世界に引き込まれることはなく、お婆さんの語り口も現代風で情感はないけれど、『しろばんば』の背景を色々と知ることができた。
「…わが儘いっぱいに振舞ってはいたが、家庭で育つのと異って、甘えというものはなかったと思う。おかのお婆さんの方も、盲愛と言っていい愛情を注いではいたが、血の繋がりから来るどろどろしたものはなかった筈である。祖母と孫の関係ではなく、世の男女の愛の形のようなものが、私とおかのお婆さんの間には置かれていたのではないかと思う。」
「私は今でも、おかのお婆さんの墓石の前に立つと、祖母の墓に詣でている気持ではなく、遠い昔の愛人の墓の前に立っている気持である。ずいぶん愛されたが、幾らかはこちらも苦労した、そんな感慨である。」(233頁)
青年期以降は、随分と、のりしろの多い生活を送っていたようだ。こののりしろこそ、後に数々の優れた作品を生み出した作家の源泉となったのだろう。
随筆調の自伝
まったくの私的な見解だが
伊豆地方民は地元愛がすこぶるうすい気がする
井上靖ほどの作家はもちろん
修善寺も韮山も先も後も北条氏に対するおらが感がまったくない
といって江川家をみるに江戸時代の人心統治が優れていたとも思えない
というふうに風土をこじつけるような話が随所にみられるが
昭和も遠くになりけるかな
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